樹木希林 昔の写真ではじける笑顔!経営者の母と琵琶奏者の父の元に生まれ、文学座所属の女優に

樹木希林
(画像出典)BuzzFeedNews

若い頃から個性派女優として活躍し、2018年に亡くなった女優の樹木希林さん

希林さんは戦時中の東京で生まれ、高校卒業後、「悠木千帆(ゆうき・ちほ)」という芸名で女優人生をスタートしました。

このブログ記事では、希林さんの幼少期から20代までの写真・生い立ち・若い頃の性格についてまとめます。

木希林(きき・きりん)のプロフィール

樹木希林
(画像出典)日刊スポーツ
  • 生年月日:1943年(昭和18年)1月15日
  • 没年月日:2018年(平成30年)9月15日(享年75歳)
  • 出身地:東京都千代田区
  • 血液型:A型
  • 本名:内田啓子(うちだ・けいこ)
  • 旧姓:中谷啓子(なかたに・けいこ)
  • 旧芸名:悠木千帆(ゆうき・ちほ) ※デビューから1977年まで

樹木希林の昔の写真~幼少時から20代まで~

最初に、樹木希林さんの昔の写真を紹介します。


1940年代(幼少時)

樹木希林さんは、1943年(昭和18年)に、父・中谷辰治さんと母・清子さんの間に誕生しました。

希林さんの赤ちゃんの頃の写真です。

樹木希林 赤ちゃんの頃の写真
(画像出典)文春オンライン

こちらはお稚児さん姿の写真

子供時代の樹木希林
(画像出典)yahoo.co.jp

東京・豊島区の鬼子母神で撮ったそうです。かわいらしいですね!


高校時代

樹木希林さんが千代田女学園高校に通っていた頃の写真です。

樹木希林 高校時代
(画像出典)yahoo.co.jp

制服姿の希林さん、清楚な感じがしますね^^

1964年(昭和39年)21歳

樹木希林さんが、文学座附属演劇研究所にいた頃の写真です。

樹木希林
(画像出典)時事ドットコム

デビューから10年間は、「悠木千帆(ゆうき・ちほ)」という芸名で活動していました。

この年に、森繁久彌主演のテレビドラマ「七人の孫」に出演。東北弁をしゃべる家政婦「おとしさん」を演じ、評判になりました。


1965年(昭和40年)22歳

この年に、文学座の研究生から正式な座員となった悠木千帆さんは、同じ文学座に所属していた俳優・岸田森さんと、最初の結婚をします

岸田森 悠木千帆 樹木希林
(画像出典)女性自身


翌年に岸田森さんと新婚夫婦として雑誌のインタビューに登場し、その記事には

夫「ぼくたちって、まだ夫婦になった、という実感がわかないね。ごく親しい友だちといったほうがぴったりだ」

妻「あなたほど手のかからないご亭主も少ないわ。おかげで私は、なんの障害もなく、妻と女優を両立できるわ」

女性セブン 1966年6月29日号

と書かれています。

「結婚したら女性は家」という考え方が根強かった時代、2人は「共稼ぎ夫婦」としてメディアに取り上げられていました。

★↓↓↓夭折の優・岸田森さんの足跡はコチラ

1966年(昭和41年)23歳

樹木希林(悠木千帆)
(画像出典)毎日新聞

「七人の孫」で人気女優となった悠木千帆さんは、この年、テレビドラマ「とし子さん」で初主演を果たしました。

樹木希林 とし子さん
(画像出典)プラスデザイン

このドラマは「七人の孫」のスピンオフとして、東北出身の家政婦役を演じた悠木千帆さん(=希林さん)を主役にした作品です。

樹木希林 とし子さん
(画像出典)プラスデザイン
樹木希林 とし子さん
(画像出典)プラスデザイン

悠木千帆さんは、この年に夫の岸田森さんらと劇団「六月劇場」を旗揚げし、文学座を退団しました。

1968年(昭和43年)25歳

悠木千帆さんは、当時の夫・岸田森さんが出演していたテレビドラマ「銭形平次」の第101話に、ゲスト出演しています

「良家の娘」と「不良少女」の双子を、を1人2役で演じ分けています。

銭形平次 悠木千帆(樹木希林)
(画像出典)https://twitter.com/k18905677/status/1057970182331592704
銭形平次 悠木千帆(樹木希林)
(画像出典)https://twitter.com/k18905677/status/1057970182331592704
銭形平次 悠木千帆(樹木希林)
(画像出典)https://twitter.com/k18905677/status/1057970182331592704
銭形平次 悠木千帆(樹木希林)
(画像出典)https://twitter.com/k18905677/status/1057970182331592704

このドラマで夫婦共演した岸田森さんと悠木千帆さんでしたが、同1968年に離婚しました・・・

★↓↓↓岸田森と悠木千帆(樹木希林)の離婚理由についてはコチラ

1970年(昭和45年)27歳

悠木千帆さんは、映画「男はつらいよ フーテンの寅」に出演します

樹木希林 寅さん
(画像出典)https://twitter.com/tensame/status/1041276462181961728/photo/3
樹木希林 寅さん
(画像出典)https://twitter.com/tensame/status/1041276462181961728/photo/2

少女のようなかわいらしさ!


またこの年には、テレビドラマ「時間ですよ」が大ヒット

森光子 樹木希林
(画像出典)PlusParavi
時間ですよ 樹木希林(悠木千帆) 堺正章
(画像出典)BS12

銭湯「松の湯」の従業員・浜さんを演じて、人気者になりました。

★↓↓↓樹木希林さんの30代の写真と子育てエピソードはコチラ

生い立ち

それではここで、樹木希林さんがデビューするまでの生い立ちを紹介したいと思います。


母は再々婚の飲食店経営者、父は初婚の警察官

赤ちゃんの頃の樹木希林と両親
0歳の樹木希林と両親(画像出典)朝日新聞デジタル

希林さんの母・中谷清子さんは山口県生まれ。

10代にして広島で女児を、22歳のとき京都で別の男性と男児をもうけました。

しかしどちらも、事情により養子等に出し、清子さんは単身東京へ向かいます。(※)


清子さんは東京神田・神保町にカフェー「東宝」を開店

1940年頃の東京神田・神保町
学生街として賑わっていた1940年頃の神保町(画像出典)専修大学わたゼミ

1942年(昭和17年)に、客として来ていた7歳年下の警察官・辰治さんと結婚(清子さんは再々婚、辰治さんは初婚)。

翌1943年(昭和18年)に希林さんを出産しました。

※:NHK総合 2018/9/24 ファミリーヒストリー選「樹木希林~女が土台 受け継がれる覚悟~」より


焼け跡の中で育った幼少期、父は琵琶奏者に転身

1945年の東京神田・神保町
1945年、戦争により焼け野原になった東京神田・神保町(画像出典)三井住友トラスト不動産

戦争中、樹木希林さんの父・中谷辰治さんは兵隊にとられ、中谷家は何度も住む場所を変えながら暮らし、終戦時には店も家も全てを失いました

「見渡すかぎりのバラックのなかで、幼少期をすごしました」と語る希林さん。(※1)


焼け跡の中、希林さんの母・清子さんが商才を発揮し、仕立屋から飲食店まで経営して一家を支えたそうです。

希林さんが8歳になる頃には、清子さんの事業が拡大し、横浜で働く夫婦は、週1回しか池袋の自宅に帰って来られないようになりました。希林さんと5歳下の妹・昌子さんの世話は、お手伝いさんたちが見るように。(※2)

それでも後年、希林さんはご両親のことを「愉快な人」と話し、「父はお酒がまったく飲めず、母は大酒飲みで、ちいさい頃、酔っ払った母を担いで帰ってきたのを思い出します。とても仲のよい夫婦でした」と振り返っています。(※3)

ちなみに、横浜・野毛にあった老舗の和食居酒屋「叶屋」は、母・清子さんが経営していたお店です(2020年に閉店)。

横浜・野毛にあった居酒屋「叶屋」(2020年に閉店)
横浜にあった居酒屋「叶屋」(2020年に閉店)(画像出典)ヨコハマ経済新聞




さて、希林さんの父・辰治さんはというと・・・

母・清子さんが女実業家として手腕を振るう中、趣味の薩摩琵琶にのめりこんでいき、後に錦心流のプロ奏者・中谷襄水(じょうすい)として、多くのお弟子さんを迎えました

希林さんの妹・昌子さん(荒井姿水さん)、そして姿水さんの息子・荒井靖水さんも、薩摩琵琶奏者として活躍しています。

荒井姿水
樹木希林の実妹で薩摩琵琶奏者の荒井姿水さん(画像出典)https://twitter.com/hougakuhoubu/status/1100685973577359361
薩摩琵琶奏者 荒井靖水
荒井姿水さんの息子(希林さんの甥)で薩摩琵琶奏者の荒井靖水さん(画像出典)musician-navi

高卒後「行くところがなくて」文学座へ

樹木希林さんが通った小学校は、豊島区立雑司谷小学校。とても無口なお子さんだったそうです。(※1)

卒業後は、私立女子校である千代田女学園中学校、千代田女学園高等学校へ進学しました(現在の武蔵野大学附属千代田高等学院)。


高校在学中から演劇部に所属。父・辰治さんは「おまえの顔じゃ良縁ってわけにもいかないだろう」と、手に職を付けさせるため薬科大への進学を勧めました

しかし、受験期にスキーで足に怪我をして受験を断念。入院中のベッドで文学座の研究生募集記事を見つけました。ちょうどその年、戦後初めて三大劇団(文学座・俳優座・民藝)が研究生を募集したのです。

高校卒業後の1961年(昭和36年)、文学座第一期生として付属演劇研究所に入所

ちなみに文学座を選んだ理由は、「芥川比呂志さんとか、インテリそうな男がいっぱいいたから」だそうです 笑(※2)

劇団入所当時のことを、希林さんは次のように振り返っています。

私が18歳のとき、行くところがなくて劇団「文学座」に入ったんです。

今もそうだけど劇団員なんて先が見えない仕事でしょ。まわりが銀行員になったり、大学に行ったりする。花が開くと思われた4月に自分はなにもない。

おまけにまわりの劇団員はみんなキレイ。「取り残された」っていう実感はそりゃあもうリアルでしたよ。

でも、いま考えればバッカみたいだけど(笑)。

2018/9/22 東洋経済ONLINE「樹木希林さん『難の多い人生は、ありがたい』」より

堂々とマイペースなイメージだった希林さんですが、若い頃は人並みに、周囲と自分を比べ悩んでいたのですね。


しかし希林さんは、悠木千帆として女優デビュー後、

などのテレビドラマで、個性派女優として快進撃を果たし、歌手としても、

と、郷ひろみとのデュエットで大ヒットを飛ばしました。

樹木希林の若い頃の性格は「ジャックナイフ」?

樹木希林
(画像出典)日刊スポーツ

子どもの頃は大人しかった樹木希林さん。仕事が忙しい親は週1回しか帰宅せず、誰にも頼れない環境で過ごしたせいか、偏屈な性格だったそうです

役者になった後の希林さんは、「非常によく切れるジャックナイフのようでした」と、妹の荒井姿水さんが語っています。かなりキツくて過激な性格であったと・・・


そんな希林さん、ミュージシャン・内田裕也さんと再婚し、一人娘の也哉子さんを出産してから、性格が変わっていったのだとか・・・

姿水さんは、次のように振り返ります。

変わり始めたのは、2回目の結婚をし、也哉子を産んでからでしょうか。

いや、30代はまだ過激一辺倒だったわね。本当に変わったのは40代に入ってからだと思います。

2018/10/23号 婦人公論 荒井姿水「実妹が明かす過激で過剰な姉の素顔」

姿水さんは、「あるときから姉は、迎合せずに自分を貫き通しながらも、他者を受け入れる術を学んだ」と語っています。

希林さんのような大女優にとっても、出産・子育ては、大きい経験だったのでしょうね。

★↓↓↓樹木希林さんの娘・内田也哉子さんの生い立ちはコチラ

世間の評判

2018年に樹木希林さんが亡くなられたとき、twitter上でさまざまな作品について思い出話が語られました。

その中で、「悠木千帆」として記憶している年配の方がかなりいました。

男はつらいよ第3作フーテンの寅。これに出てくる樹木希林さんが可愛い。クレジットはまだ「信州の女中 悠木千帆」。この数年後には寺内貫太郎でお婆ちゃんをやってるんだから驚く。

https://twitter.com/tensame/status/1041276462181961728

「時間ですよ」の松の湯で、天然娘のミヨちゃんを新人教育する浜さん(当時の悠木千帆さん)、楽しいコンビだったなあ。浜さん役の悠木千帆さんの素晴らしいパスで、ミヨちゃんの天然が活きていたと思う。

https://twitter.com/Pteromysmomong/status/1041709903767719936

私の実母のように、樹木希林さんのことをいまだに悠木千帆さんととりあえず一回呼んでから「名前変わったんだったわ」と言いなおす頑固者もこの世にはおるのですよ・・・

https://twitter.com/nakamai10/status/1051863628532445184

そして、ドラマ「時間ですよ」にはこんな伝説も!

「昔、堺正章と樹木希林の『時間ですよ』ってドラマが放送された時、皆それが見たくて街から人がいなくなったんだよ。テレビで『外出るな。外出るな』と言うより、そういう番組流したほうが皆出歩かなくなるよ」今のテレビ局にそんな番組が作れるのであろうか?

https://twitter.com/saharabingo/status/1245986433329852422

そう、「時間ですよ」は、最高視聴率36.2%を誇る大人気ドラマでした。

それにしても、放送時間に街から人がいなくなるというのはスゴイですね!

まとめ

このブログ記事では、樹木希林さんの幼少期から高校生までの写真、そして「悠木千帆」という芸名で活躍した20代の写真を紹介し、生い立ち、若い頃の性格についてまとめました。

昔の画像を見ると、ぽっちゃりとして素朴な感じですが、笑顔がとてもステキですね。

希林さんが高校3年生のときに怪我をしていなければ、薬剤師になっていたかもしれない・・・

ということは、その怪我のおかげで、私たちは希林さんの名演技を楽しむことができたのかもしれませんね^^


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