三島由紀夫と美輪明宏の親密な関係の真相!「君の短所は俺に惚れないこと」と発言。そして永遠の別れ

三島由紀夫 丸山明宏 美輪明宏 1968年
1968年、43歳の三島由紀夫と33歳の丸山明宏(画像出典)yahoo.co.jp

歌手・俳優の美輪明宏(丸山明宏)さんは、作家の三島由紀夫さんと大変仲がよく、親密な関係でした。

それは果たして恋愛関係だったのか?

このブログ記事では、真相を2人の発言から探ると同時に、美輪明宏さんと三島由紀夫さんの出会い、仲のよさを物語るエピソード、そして2人の別れについてまとめます。

美輪明宏(丸山明宏)のプロフィール

美輪明宏(みわ・あきひろ)

美輪明宏 2020年
(画像出典)婦人画報
  • 生年月日:1935年(昭和10年)5月15日 ※2022年で87歳
  • 出身地:長崎県長崎市
  • 本名:丸山明宏(まるやま・あきひろ)
  • 身長:161cm
  • 血液型:A型
  • 学歴:佐古国民学校(現・長崎市立佐古小学校)→海星中学校→国立音楽大学付属高等学校 中退

美輪明宏さんは、1935年(昭和10年)に長崎市生まれ。カフェ・料亭などを経営する裕福な家庭で育ちました。

しかし1945年(昭和20年)8月9日、長崎に原子爆弾が投下。美輪さんは奇跡的に一命をとりとめたものの、父親が経営する金融業が行き詰まり、一家は困窮します。

美輪さんは15歳で上京し、17歳で銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」の専属歌手に。「メケ・メケ」「ヨイトマケの唄」などのヒット曲で一世を風靡し、70年以上にわたり歌手・俳優として活躍されています。


三島由紀夫のプロフィール

三島由紀夫
(画像出典)ダウンニュース
  • 生年月日:1925年(大正14年)1月14日
  • 没年月日:1970年(昭和45年)11月25日(享年45歳)
  • 出身地:東京府東京市四谷区(現・東京都新宿区)
  • 本名:平岡公威(ひらおか・きみたけ)
  • 身長:163cm
  • 学歴:学習院初等科→学習院中等科→学習院高等科文科乙類→東京帝国大学法学部法律学科

三島由紀夫さんは、1925年(大正14年)に現在の東京都新宿区で生まれました。

祖父は元・福島県知事で、祖母は松平家(元は徳川家康)の末裔という超エリート一家。祖父・父・本人と、3代にわたって東大法学部卒で、官僚を務めました。


三島さんは、学習院中等科時代の13歳のときに初めて短編小説を書き、東大在学中に川端康成に認められ、作家デビューを果たします。

大学卒業後は大蔵省に勤めるも半年あまりで退職し、専業作家として活躍。「仮面の告白」「潮騒」「金閣寺」「鏡子の家」「憂国」「豊饒の海」などの代表作を残しており、1968年(昭和43年)にはノーベル文学賞の候補になりました。


そんな三島由紀夫さん、1958年(昭和33年)33歳のときに、日本画家・杉山寧(やすし)の娘・瑤子さんと見合い結婚をしています。瑤子さんは結婚当時21歳で、日本女子大学を2年で中退して専業主婦に。1959年(昭和34年)6月に長女・紀子さん、1962年(昭和37年)5月に長男・威一郎さんが誕生しました。


一方、1967年(昭和42年)には自衛隊に体験入隊し、体験入隊した仲間と民兵組織「楯の会」を結成して、政治的志向を強めていきました。

1970年(昭和45年)11月25日、楯の会隊員4名と共に自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)を訪れ、自衛隊決起を呼び掛ける演説をした後、割腹自決。享年45歳でした。

美輪明宏と三島由紀夫は恋愛関係だったのか?

10才違いの美輪明宏さんと三島由紀夫さんは、三島さんの生前、長年親密な関係を築いていたことで知られています。


恋愛関係ではなく「無二の親友」

男性同士の恋愛関係では?と噂されてきた美輪明宏さんと三島由紀夫さんですが、美輪明宏さんは恋愛関係を否定しています。

その理由は、美輪さんは三島さんを尊敬していて、美輪さんは、尊敬できる人ではなく、かわいそうな人を好きになるからだそうです。

そして美輪さんは、三島さんのことを「無二の親友」だったと言っています。


恋愛関係については、女性誌のインタビューで

私たちのことを“恋愛関係”と書き立てるメディアも多くありましたが、とんでもない話です。

2015年3月21日 女性自身「三島由紀夫が指摘した美輪明宏の”5%の短所”」

とキッパリ否定。また、2020年のNHK番組では以下のように述べています。

私が、尊敬するような人は恋愛の対象にならないんですって言うと三島さんは、じゃあどういうのが恋愛の対象なんだって言うんで、「かわいそうな人が好きなんです。だから三島さんは恋愛の対象になりません。お気の毒さま」と、そう言ったんですよ。

2020年11月16日 NHK サイカルjournal「三島由紀夫没後50年 美輪明宏が語る”素顔”」

親友であったことについては、女性誌で次のように語っています。

三島さんは劣等感の塊でした。でもそれを補って余りある才能がある人、天才でした。誰にでも悩みやら欠点があるのですから、劣等感などは本来持つ必要はないのです。ただ三島さんは純粋で、とてもチャーミングな方でした。私の前ではまったくの無防備で、それだけ安心されていたのだと思います。無二の親友ですね。

2015年3月21日 女性自身「三島由紀夫が指摘した美輪明宏の”5%の短所”」




三島由紀夫の名言「君の短所は俺に惚れないことだ」

美輪明宏さんは三島由紀夫さんを尊敬しており、恋愛対象ではなかったとおっしゃっていますが、三島さんの方は・・・

有名なエピソードですが、三島さんは美輪さんに次のように言ったのだとか。

三島由紀夫
三島由紀夫

君はね、95%の長所があって、それは素晴らしいもの持ってる。だけど、あとの5%の短所がその95%の長所を吹っ飛ばすだけの最悪の短所、欠点だ。

美輪明宏
美輪明宏

へえ、素晴らしいじゃないの。そんな、95%の長所を吹っ飛ばす欠点なんてさ。名誉なことだわ。で、どういうことです?

三島由紀夫
三島由紀夫

俺に惚れないことだ。

このエピソードゆえに、美輪さんと三島さんのゴシップが騒がれてしまうのですね。さらに三島さんは・・・

美輪明宏
美輪明宏

尊敬する方っていうのは、また別な愛し方で、敬愛はしますけれど、恋愛はいたしません。

三島由紀夫
三島由紀夫

君は誤解してるぞ。

美輪明宏
美輪明宏

???

三島由紀夫
三島由紀夫

君と別れたあと、ある雨の日、帰っていく俺の後ろ姿を見てみろ。震いつきたいぐらいかわいそうだぞ。

こんな言い方をされたのでは、ゴシップに拍車がかかるに決まってますよね(笑)

美輪さんと三島さんは、会えば冗談を言い合う間柄だったそうです。気持ちをダイレクトに伝え合うより、知的な言葉やユーモアでやりとりする。美輪さんは「全部ね、間接照明みたいな、そういうふうな会話でしたね」と振り返っています。(※)

※:2018年12月26日 フジテレビ「美輪明宏、三島由紀夫との関係を明かす&梅沢がテレビで初めて見せた涙の理由」

美輪明宏と三島由紀夫の出会い

美輪明宏さんと三島由紀夫さんは、1951年(昭和26年)に、銀座の喫茶店「ブランスウィック」で出会いました。美輪さん16歳、三島さん26歳のときのことです。

銀座のゲイバー「ブランスウィック」とは

1948年(昭和23年)に開店した「ブランスウィック」は、他ならぬ三島由紀夫の小説「禁色」に登場するゲイバー「ルドン」のモデルになったお店。

美輪明宏さんは歌手をめざして長崎から上京し。国立音楽大学付属高校で学びながら、丸山臣吾(まるやま・しんご)の名前で、ブランスウィック1階の喫茶店でアルバイトをしていました。

ブランスウィックには美輪さん以外にも、作家・野坂昭如さんがボーイとして、安部譲二さんは用心棒として働いていたそうです・・・(すごい)


1階が喫茶店、2階がクラブになっており、2階のクラブに、ホモセクシャルであることを隠した各界の著名人や官僚などが集まり始めたのだそう。すると、その噂を聞きつけて、ホモセクシャルではない実業家や文化人も来店し、にぎわっていたのだとか。

推理小説家の江戸川乱歩もその一人。乱歩は「大正ロマン画家の描く美少年のようだ・・・❤」と美輪さんをひいきにしていました。それほどに美輪さんの美少年ぶりは傑出していたのです。


天才作家・三島由紀夫に抱いた反抗心

その頃三島由紀夫さんは26歳。2年前に出版した「仮面の告白」で天才作家として注目を浴びており、雑誌社の人に連れられてブランスウィックにやってきました。

美輪さんは、周囲から「先生、先生」とほめそやされる三島さんを気に入らずに、そっけない態度を取ったそうです。

私はといえば、世界一の美少年だと自負していたころだし、少年ならで誰でももつ不遜さのかたまりで、劣等感など爪の垢ほどもなかったから、随分と無礼な態度をとったんでしょうね。

それに偉い人への反発もあったし、先生がまるで珍しいものでも観察するような眼をされたことに、ひどく反抗したことを記録しているわ。

2017年7月18日 AERA dot.「美輪明宏の『美少年伝説』三島由紀夫が思わず吐いた言葉とは?」

三島さんは「こんなナルシストは見たことがないね。たまげたもんだ。世の中の人間の目をすべて鏡だと思っている。これはほんもののナルシストだよ」と驚いたのだとか。(※1)

しかし三島さんが、マスターに「チップを3倍あげるから、あの子(美輪さん)を呼んでこい」と言い、美輪さんはチップに惹かれて「じゃあ、行きます」と、三島さんの席へ向かったそうです。

三島由紀夫
三島由紀夫

何か飲むか?

美輪明宏
美輪明宏

芸者じゃないから結構です。

三島由紀夫
三島由紀夫

生意気でかわいくない子だな。

美輪明宏
美輪明宏

キレイだからかわいくなくてもいいんです!

三島由紀夫
三島由紀夫

1曲歌え。

そして美輪さんはシャンソン「薔薇色の人生」をフランス語で披露し、その才能にほれ込んだ三島さん。

2人は友人関係になり、美輪さんが銀座のシャンソン喫茶「銀巴里(ぎんぱり)」の専属歌手になってからは、銀巴里の常連になりました。(※2)

銀巴里
(出典)Wikipedia

美輪明宏と三島由紀夫のエピソード

美輪明宏さんと三島由紀夫さんの仲のよさを示すエピソードを紹介します。


初めてジーパンを履いた三島由紀夫

三島由紀夫はエリート一家の出身で、買い物は三越、背広は英國屋、羊羹はとらや・・・とブランド志向。月に1回は歌舞伎座と帝国劇場で観劇するような生活を送っていました。

三島さんが最初に美輪明宏さんと会ったとき、美輪さんはルパシカ(ルバシカ)というロシアの民族衣装を着ていたそうです。

ルバシカ ルパシカ
ロシアの民族衣装「ルパシカ」(画像出典)Yahooショッピング

三島さんは「なんだその格好は?」と言いながらも「こういう生き方をしている人間もいるんだ・・・」とカルチャーショックを受けたのだとか。(※1)

その後も三島さんは、美輪さんのファッションをけなしたそうです。

三島由紀夫
三島由紀夫

趣味が悪い。もっとまともな格好をしろ。

美輪明宏
美輪明宏

あなただって、本当はなさりたい服装がおありになるのでは?

三島由紀夫
三島由紀夫

革ジャンが着たい・・・ジーンズをはきたい・・・

そこで美輪さんは、三島さんを東京上野の御徒町へ連れて行き、革ジャンとジーンズを買い、三島さんはとても喜んだのだとか。

がしかし、三島さんの母・平岡倭文重(ひらおか・しずえ)さんには、「あんな下品な格好をするようになったのはあなたのせいでしょ?恨みますよ」と叱られたそうです・・・

文壇人ではない美輪明宏だから心を開いた?

美輪明宏さんと三島由紀夫さんが待ち合わせをすると、三島さんは美輪さんより必ず先に待ち合わせ場所に来ていたそうです。

三島さんは人を待たせるのが嫌いで、真面目で道徳的な人だったそう。

まったく、第二次世界大戦前の「日本少年」や「少年倶楽部」などの少年雑誌に出てくるような人だった。

儒教じゃないけれど、君に忠、親に孝というような模範的で道徳的な、心優しくすがすがしくというような、少年のいちばんいいころの心を持っていた。

男が社会的ないろいろな手あかがつく以前の、少年の心をあの年になるまで持ち続けていた人なんですよ。

2020/11/25 週刊朝日「自決直前、薔薇の花束を抱えて現れた三島由紀夫に美輪明宏さんが聞けなかった『遺言』」

また、三島さんは出版社などの人たちに舐められないように、文豪っぽさ・作家っぽさを自己演出することがあったようです。

彼には文壇向きの、営業用の「顔」というのがありましたね。尊大ぶらなきゃいけないとか、作家ぶらなきゃいけないとか。

そうしないと、なめられちゃうんですよ、出版社などの人たちに。そういう駆け引きなんかはおできでしたね。

そうした人たちが帰った後では、おどけちゃって、首をすくめて、ぴょんと舌を出したりして。まったく子供みたいでしたよ。

前掲書

三島さんは美輪さんに、「自分は文学界には友達はいない」と話していたそうです。(※)

文壇の恩人であり師のような存在だった川端康成とも、ノーベル賞をめぐって駆け引きがあったようですし、自分とは違う業界で活躍している美輪明宏さんだったからこそ、素の自分をさらけだすことができたのかもしれませんね。

※:2020/11/25 週刊朝日「自決直前、薔薇の花束を抱えて現れた三島由紀夫に美輪明宏さんが聞けなかった『遺言』」


「長崎出身でなければ、君は存在しなかっただろうな」

たびたび美輪明宏さんのファッションを批判した三島由紀夫さん。

「なんだ、その趣味の悪い服は。九州の田舎者は困ったもんだ」とけなしたことがあったそうです。(※1)

また、「君は田舎者のくせに、でんとしているな」とおっしゃることも。(※2)

それに対し美輪さんは、「長崎の歴史をご存じ?東京にぺんぺん草が生えているときに長崎は国際都市だったんですよ。なんですか、関東の田舎者が」と言い返したそうです。

国際都市・長崎でリベラルな人間観を身につけ、戦争・原爆で多くを失い、上京後は長崎に残した家族を養いながら「負けるものか」が口癖だった美輪明宏さん。

三島さんが美輪さんに「長崎出身でなければ、君は存在しなかっただろうな」とおっしゃったこともあったのだとか。

三島さんと美輪さんは、冗談や軽口を言い合いながらも、お互いに尊敬しあい、刺激を与えあう関係だったのでしょうね。

300本の薔薇の花束と三島由紀夫の最期

美輪明宏さんが三島由紀夫さんと最後に会ったのは、1970年(昭和45年)11月。

三島由紀夫さんが自衛隊市谷駐屯地で自決する1週間前でした。

東京・有楽町の「日劇」でショーに出演していた美輪さんの楽屋に、三島さんは300本ものバラの花束を抱えてこられました。

赤いバラi
(画像出典)写真AC

その日の三島さんは珍しく、自分の弟の話などプライベートの話をし始めたそうです。

ショーが始まるとき、

三島由紀夫
三島由紀夫

じゃあね。もう君の楽屋には来ないからね。

美輪明宏
美輪明宏

どうして?

三島由紀夫
三島由紀夫

また今日もきれいだったよ、なんてうそをつき続けるのがつらいからね。

こんな憎まれ口を叩いた後、三島さんは

三島由紀夫
三島由紀夫

君には本当に感謝してるよ。

と一言残して楽屋を立ち去り、ショーが開演すると最前列に座って美輪さんの歌をじっと聞き入っていました。

美輪さんは「愛の讃歌」を歌いながら、なぜか三島さんとの18年間のつきあいが走馬灯のようによみがえって、涙が流れて仕方なかったそうです。

そして1週間後の11月25日、美輪さんは知り合いからの電話で「三島事件」を知りました。美輪さんは急いで事務所のテレビをつけ、自衛隊駐屯地のバルコニーで演説する三島さんを見たそうです。

三島由紀夫
(画像出典)産経新聞

ショックというより、何か別のものでしたね。

あとで考えるとあの300本のバラは、これからの分もすべてを渡すよという暗示だったんですね。だから分かってくれよということでもあったんだと思います。

もう君の楽屋には来ないからね。来られないからねという意味だったんでしょうね

2020年11月16日 NHK サイカルjournal「三島由紀夫没後50年 美輪明宏が語る”素顔”」

★↓三島由紀夫がボディビルを始めたきっかけは美輪明宏!

世間の評判

美輪明宏さんと三島由紀夫さんの関係について、twitter上で語られているコメントを紹介します。

美輪明宏が三島由紀夫に口説かれて、「君って可愛げがないね」と言われたとき、「いいのです。僕は綺麗だから」と答えたエピソード、あまりにもつよつよすぎて創作キャラですら言えるやつおらんの、マジ事実は小説よりバグってる。

https://twitter.com/tobiranoizumi/status/1423978902653788162

三島由紀夫の心情をわがもののように語る瀬戸内寂聴、「天才の心を推察するのは僭越だ」と口を閉ざす美輪明宏。私は後者のような慎みを愛してやまない。

https://twitter.com/CatToPhoto/status/1330126977123151874

三島由紀夫が美輪明宏に言った「君の欠点は俺に惚れないこと」という話も好きだけど、その続きの「可哀想な人に恋愛感情が生まれる」と返した美輪明宏に「君と別れて帰る僕の後ろ姿は震いつきたくなるくらい可哀想だぞ」と返した三島由紀夫らに、夜十を感じてしまい落ち着きをなくしている

https://twitter.com/nagi_kirja/status/1469523604517703680

ノーベル文学賞と聞く度に三島由紀夫さんが受賞出来ずに落ち込んでいたところ、美輪明宏さんが「あんなの人殺しの償いじゃない。」と言ったことを思い出す。三島さんは「君は強いね」と言い、美輪さんは「半分女ですからね」と笑ったそう。

https://twitter.com/MyqKb/status/1314172041621245953

美輪明宏がある日、三島由紀夫と親交深かった石原慎太郎と出くわしたとき。当時、都知事だった石原は「三島を殺したのはオマエだ」と美輪にくってかかった。対して美輪は「ああそうよ、次はあんたを呪い殺してやろうか」と言い返したという。

https://twitter.com/shinjisumaru/status/1250653185196224512

美輪明宏演じる黒蜥蜴が生き人形の三島由紀夫にキスする印象的なシーン。実はこれ、三島由紀夫が美輪明宏とちゅーしたすぎて内緒で台本に書き加えたそうな。

https://twitter.com/twoface66854959/status/1395053218497847298

美輪明宏、三島由紀夫や寺山修司と親交があったり、フランス語を忘れないように聴きたいという岡本太郎の要望でシャンソンを歌ったり、もう存在しない銀座の喫茶店「銀巴里」で生前の中原淳一や江戸川乱歩や澁澤龍彦に会ったりしているような生き証人で御年85歳のはずですが、やはり妖怪なんですかね…

https://twitter.com/Fumisme/status/1330194773139988480

昔、美輪明宏さんが三島由紀夫氏との関係を揶揄された際に「人が人を愛して何が悪い」と仰ったという話。

https://twitter.com/3JpYe4c3XAoVKVx/status/1388357302562942979

「右翼だった三島由紀夫の恋人だった美輪明宏がきゃりーぱみゅぱみゅを絶賛するのすごい」ってツイートがバズってる今の日本、三島由紀夫にも美輪明宏にも理解の足りなさがすごい。

https://twitter.com/hinoeumathurman/status/1261633227720024064

美輪明宏さんと三島由紀夫さん、天才同士の刺激的な発言・やりとりは、やはり多くの関心を集めていますね!

まとめ

この記事では、美輪明宏さんと三島由紀夫さんの関係性と出会い、仲のよさを物語るエピソード、そして2人の別れについてまとめました。

2人はとても親しい間柄で「無二の親友」でしたが、美輪さんにとって「恋愛関係ではなかった」ようです。

美輪さんと三島さんのやりとりの中で、美輪さんの発言ってお茶目な知性(ウィット)に満ちていて、センスがあるなあと思います。

美輪さんのように俗世を超越した見方からすると、2人の関係は男性同士というより人間同士であり、恋愛関係だったかどうかはどうでもいいことなんじゃないかな・・・と思いました!


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